自分の好きな場所ってどういう場所なんだろう。

 

先日、 友人と一緒に散歩をした。 小さな私の息子を連れて。

私は福井の曇天にいまだに馴染めない。

生まれ育った土地の冬は底抜けに青い空だったから。

日本海側の冬は苦手だ。

「早く春になって」とついつい念じてしまう。

友人と出かけたのはそんな曇天の冬のある日。

福井駅から車を走らせて約 10 分。

大きな道路沿いに並ぶお店はチェーンのスーパーやドラッグストアもあるが、 住宅街の中へ道を1 本 入ると、 美味しそうなベーグル専門店や、 パン屋、 カフェ、 少しマニアックな雰囲気の漂う自転車屋など、 気になる個人店が 目を引く。

 

そんな住宅街の一画。 友人の車がとまった。

みどり図書館とある。

「ここの図書館、 昔からよく来てたんだよね」

コンパクトな2階建ての図書館である。 息子をベビーカーに乗せて中に入ると、 子どもたちの絵本ブースが入口左手すぐのところにあった。 懐かしい絵本たちがこちらに顔を 向けている。

2020 年の干支に合わせて、 ねずみの絵本コーナーが特設されていた。

図書館の中はもちろん静かだが、小さな子どもたちも沢山いる。 大きな声でさわぐ子はいない。 皆夢中になって本を物色している。 静かなざわめき。

本棚のあいだをすすむ。

「ここからここの棚全部読んだの」

と友人は自分の本の歴史をとつとつと語る。

CDのレンタルコーナーもあった。

「ここで洋楽カルチャーに出会ったんだ」

友人とは 30 歳を過ぎてからこのまちで出会った。 だから青年期は知らないわけだが、 ここで話す横顔は 10代の面影が宿って いた。

 

「私のとっておきの場所を案内するよ」

と、 次に案内されたのは、みどり図書館に隣接している西部緑道。 福井のまちのシンボリックな存在である足羽山と運動公園をむすぶ緑道らしい。

「高校生の時、 自転車で通学していたんだけど、 天気がいいと学校をさぼって、 ここに来たんだよね」

緑道を足羽山の方へ登っていくと、まるい古墳が顔を出した。時を経て芝生に覆われた古墳は牧歌的な丘になっている。 階段で上まで登る。

足羽山を背に平らになっている頂上に立つと、目の前には図書館やまちの眺望がひろがっていた。

「ここでさ、 ごろんと寝っ転がってボーっとしてたんだ」

今日は曇天だけど確かに気持ちがよい。 小さな息子もよちよちと芝生の感触を楽しむように足を踏み出していた。

 

福井に来て数年。 結婚して子どもが生まれた。 とても大切な存在が増えた。

それと同時に肩書も増えた。

「妻」、 そして 「母」。

子育てをしながら仕事をして、 日々暮らしていく。

目まぐるしく、 渦をまきながら時間は経つ。

大切な存在も肩書も、今の私を形作るなくてはならない人や立場。

でも。

でも、たまにはふっと息をついて、そこから抜け出していいんじゃないのだろうか。

なにも肩書のないそのままの自分に戻る場所。

10代の友人の姿を追体験した図書館や芝生の丘は、ひとり静かに自分と対話する場所になるだろう。

友人が学校をさぼった時のように。

そうは言っても、自分の家族も連れてくるんだろうな。

だって図書館も丘もこんなに気持ちがよいのだから。

思わず苦笑いしてしまう。

独り占めしたい場所だけど、大切な人たちとも一緒に来たい。

今度は夫も誘ってピクニックに来よう。