東京の土地が「億」を超える一方で、福井の土地は「数十万円」。人口密度にしても東京は6,000人/km²を超え、福井はわずか180人/km²。これを「都会と地方の差」と片付けるのは簡単ですが、実はこの数字の裏には、日本が長年抱えてきた歴史的な歪みが隠れています。
江戸から続く一極集中の歴史
東京の過密は偶然の産物ではありません。江戸幕府が全国の大名を集め「参勤交代」を課したことから、首都への人的・経済的資源の集中が始まりました。明治維新後も中央集権体制のもと、官庁・大企業・大学などが東京に置かれ、「東京=中心」という構図はさらに強まります。
その結果、土地の希少性が資産価値を際立たせ、「持つ者」と「持たざる者」の格差を広げていきました。現在の億単位の地価は、単に便利だから高いのではなく、歴史的に蓄積された「富の吸引装置」としての東京の機能の結果なのです。
地方分散政策の限界
一方で、政府は何度も「地方分散」を掲げてきました。新幹線や高速道路、移住支援策など、福井を含む地方都市にもインフラ投資は行われています。確かに、2024年の北陸新幹線敦賀延伸は福井に新たな期待をもたらしました。しかし、その効果は限定的です。企業本社や高度な雇用は依然として東京に集中し、人が動くのは観光や一時的な交流が中心。土地価格を押し上げるほどの持続的需要には至っていません。
「安すぎる土地」が意味すること
福井で坪10〜20万円台の土地が広々と手に入るのは、一見すると魅力的です。しかしその裏側には、人口減少・若者流出・高齢化という現実があります。需要が細ることで、資産としての土地の価値が維持できない。つまり「安い土地」は必ずしも「お得な土地」ではなく、「売れにくい土地」である場合も多いのです。
東京も福井も抱える「不健全」
穿った見方をすれば、東京の「高すぎる土地」と福井の「安すぎる土地」は、どちらも健全ではありません。東京では実需を超えて投機マネーが価格を押し上げ、若い世代の住宅取得を難しくしています。福井では土地が余り、資産としての魅力を失い、地域の縮小を加速させています。
日本全体を見渡せば、これは「過密」と「過疎」の二極化にほかなりません。土地価格と人口密度の差は、単なる地域格差ではなく、日本社会が解決できていない長期的課題を可視化しているのです。
未来に向けて ― 福井が持つ可能性
では、これからの未来をどう描くべきでしょうか。
東京の土地が「金融資産」として膨張していく一方で、福井の土地には「暮らしの資産」としての可能性があります。広さや自然、食の豊かさ、災害リスクの低さ――こうした要素は、人口減少社会だからこそ再評価される価値です。リモートワークや多拠点生活が広がれば、「ゆとりある土地」「無理のない価格」という福井の特徴は、暮らしの選択肢として魅力を増すでしょう。
未来の土地の価値は、もはや価格の高低だけでは測れません。東京の高騰と福井の安さという二極化を超えて、「どこでどう生きたいか」という問いにどう応えるか。それが、これからの土地と人の関係を決めていくのではないでしょうか。
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