週末の朝。

高いビルの間から見える空は、高く青く晴れている。

ミキは朝食を終えた二人分の食器を洗いながら、カメラの手入れに集中する京介の横顔をじっと見ていた。

 

ミキ「あのさ、お願いがあるんだけど……」

京介「なに?」

ミキ「一緒にうちの地元遊びに行かない?」

京介「うーん、あんま気乗りしないな」

 

二人は、二人の向き合う方向を決めかねていた。

このままこの街で?

それとも……?

 

ミキ「お願い!一回だけ、一回だけ来てみて。それから、考えようよ」

 

しぶしぶ了承した京介の背中を押しながら、二人はまともな会話もないままに新幹線と在来線を乗り継ぎ、シンプルな駅舎のホームに到着した。

 

京介「人、ぜんっぜんいないな」

ミキ「いつもこんなもんだよ」

京介「ふぅん。で、どこ行くの?」

ミキ「ちょっと歩いたところに、友達が店やってて」

京介「まぁ、腹も減ったし。そこで食べるか。ビール飲みてぇ」

ミキ「わかったわかった、いいよ飲んで。じゃあいこ」

 

駅前の街は人気もなく、ところどころシャッターが下りていた。

裏路地に入ると、大きなガラス張りの扉から灯りがもれている。

中には、何人かがグラスを傾けながら談笑しているのが見える。

ガラガラと扉を開けると、カウンターの奥のたかこがこちらに気づいた。

 

たかこ「お〜!ミキちゃん、久しぶり〜!」

ミキ「おばんです〜 たかちゃん〜元気だった??」

たかこ「元気元気〜!あ、おつれさん?」

京介「ども」

ミキ「あ、あの〜今、あっちの街で一緒に住んでる人」

たかこ「一緒に住んでる人って、何その言い方。彼氏さん?」

京介「そっす」

たかこ「はじめまして〜 よかったら、カウンター座ってよ」

ミキ「うん、ありがと〜」

 

店内にはサラリーマンらしき人、子連れの女性、京介と同じようにカメラを携えて談笑している人がいる。別々に来たお客のようだが、それぞれに知り合いのようだった。

 

たかこ「……なんかさ、来て早々その暗い顔やめてよ。笑えてくるんだけど。なに、二人は何かあったの?」

ミキ「えっ?いや、うん、まぁ……」

たかこ「いきなりそういう話もどうかと思うけど、全然聞くよ」

 

ビールとポテトサラダがカウンターに並び、それをつつきながらミキは話し始めた。

ミキ「なんかさ、地元帰ろうかな〜なんて思ってて。結婚して、家を建てるとか?できたらな〜って……」

京介「ちょっと待てよ。そういう大事なことあっさり他人に言うんだ」

ミキ「ご、ごめん……」

 

たかこは京介の不穏な気持ちを察して、ビールのおかわりをすすめる。

 

たかこ「まぁまぁ、うちら仲良しだし、いいでしょ?で、京介さんはこっちに来るのは嫌なの?」

京介「嫌っていうか、全然イメージできないっすよ。だって土地勘もなしし、知り合いも友達もいないし。そもそも仕事なんかありそうじゃないし」

たかこ「そうね〜最初はそう思うよね〜。私も東京からこっちに移住した時は不安でしょうがなかったよ」

京介「あ、たかこさん、移住者なんだ」

たかこ「うん、3年前にね。ミキちゃんとは東京で知り合った友達なんだ。でも、一人も知り合いいなくたって仕事が何にもなくったって大丈夫だよ、簡単には死なないもん。リスクってちょっとワクワクしない?」

京介「うわ、この人変態だ」

たかこ「変態って言うな!」

 

街の印象からあまり想像していなかった光景が、ここにあった。サラリーマン、カメラマン、主婦、フリーターの旅人……。

京介は、今は何も考えずに、この街を感じてみようとビールを飲み干した。

 

 

うっすらと雲がかかる薄水色の空。

翌朝、二人はある場所へと、バスを乗り継いで向かった。

そこは、穏やかな里山に囲まれた静かな住宅街の一角だった。

 

京介「いいじゃん」

と、京介は思わず大きく深呼吸をした。そして、カメラを抱え直し、何かを探して歩き出した。ミキはその後ろ姿を見ながら、彼がどんな写真を撮るのかを考えて、じっと待ってみようと思うのだった。(了)