風が光る。

私の一家は早春に引っ越しをした。

今年の冬は雪がほとんど降らなかった。

平年に比べると暖かいとラジオのニュースは伝えていた。

ふと、母さんがこたつを片付けようとしたのを見つけ、私はその上に乗ったままどかぬことを決め込んで訴えた。

 

「あら、この子どかないのね。そんな目をして。もう、仕方ないわね」

 

1階の玄関を入ってすぐ、客間と仏間を兼ねた畳の部屋にこたつは置かれ、

寒の戻りが続く春先まで、私はそのスペースを占領した。

 

たまに、弟が私と遊ぼうと潜り込もうとしたので、威嚇して応戦した。

弟はすぐ大きな声で泣く。

だけど、私の方がお姉ちゃんなのだ。

あとからこの家族に入ってきたお前のほうが下なのだ。

緑が日に日に眩しくなり、日差しが強さを増してきた。

こたつがようやく片付けられ、次の私のお気に入りは 1階の出窓のスペースである。

私はそこで日向ぼっこをする。

弟が保育園から帰ってくるまでの、束の間の休息時間をゆっくり楽しむのである。

 

父さんの仕事は編集者だ。アート系の雑誌や Webメディアが主らしい。

母さんはフリーライター。父さんの仕事を手伝いながら、最近では近くの図書館で司書の仕事も始めたようだ。

 

2人の職業柄、家には本が日々どんどん増えていく。

 

「いくら電子書籍化されていっても、紙の本が欲しくなっちゃうんだよなあ」

というのが父さんの口癖だ。

天井の高い部屋にすっかり本棚を入れて、それぞれ嬉々として本を詰め込んでいった。

「あの子たちに触られたくない本もあるから、ここは本専用の部屋にしてもいいわね」

 

弟と一緒にされるのは納得がいかないが、母さんの好きなルソーの画集の上で、

よだれをたらして昼寝をしてしまった前科があるから致し方ない。

あの時の母さんの顔ときたら。

その日の夕飯はおあずけをくらった。

げに本の恨みはおそろしい。

 

「この家は本を読む場所が沢山あるなあ」

 

引っ越しをしてから、みな色々な場所で読書を楽しんでいる。

父さんは、2階の一番大きな部屋にあるロフトスペースに

わざわざ寝袋を敷いて山小屋のように仕立てて、

沢木耕太郎の『凍』を読んでいた。

母さんは、キッチン。

辰巳芳子や石井好子の滋味深い食のエッセイを引っ張り出してきては、

それを肴にカウンターで一杯ひっかけている。

 

「キッチンの床下収納に何を貯蔵しようかな。

梅酒もいいけど、今年はレモンチェッロも作りたいわね」

 

ガチャリ。玄関から音がした。

 

「にゃんにゃは?にゃんにゃー!」

 

おっと、弟が帰ってきた。

弟も絵本が大好きなのだ。

この家は隠れる場所も多そうだから、かくれんぼで遊んでやろうかな。

本の好きな家族の暮らしには、いつでもどこでも本が必要だ。

本も人も、「私」ものびやかに暮らす家。

この新しい家に、色をつけていく。これからが楽しみである。

 

私はゆっくりのびをして、毛づくろいしながら

子ども部屋の本棚の上で弟の足音を待っている。(了)